日本大学芸術学部芸術研究所会員研究員
ツヴェトコビッチ・アンドリヤナ
指導教員
映画学科教授 宮澤 誠一
映画学科受入期間 平成21年4月1日〜平成22年3月31日
デジタル映画制作研究
-世界市場に於ける先達としての日本の技術-
ツヴェトコビッチ・アンドリヤナ
要約
本研究の主題は映画制作に使われる今日のデジタルシネマに絞っている。ここでは世界の主要映画撮影所の使う高度な映画技術だけでなく自主映画制作者によるポストプロダクション映画技術をも辿る。
現在世界のあらゆる所で制作会社や映画制作者自身がデジタル技術基準との整合を計る為に奮闘中である。フォーマット(方式・形式)と技術革新の戦いが日々進行中である。 すなわち 2K 対 4K、 2D 対 3D 映画プロジェクター、あるいは ブルーレイディスク (ソニー/ 勝利) 対 HDD (東芝/ 戦いに敗北し、製品を撤退)、また、 RED 対 ソニー、パナソニックあるいはキャノンHD デジタルカメラシリーズ。
日本に於けるデジタルシネマ研究を私が選択したのは偶然ではない。今日デジタルシネマ技術のおよそ70% を日本の会社が設計、製作していることは圧倒的な魅力といえる。残りの30% は北アメリカとヨーロッパのシステムと技術で急速に発展している競争力のある会社である。これら技術的巨人の世界市場支配はデジタル映画制作分野の草分け国として日本が勝ち進むうえで重要な役割を担った。一方、日本は技術面のみを引き受けているのであって、今のところ創造的デジタルコンテントを十分に生み出すには至っていない。しかしながら日本の映画制作者で先進デジタル映画制作技術の開発設計に影響を及ぼし全世界の映画制作者にそれが波及した例がある。一つのよい例としてはセミプロあるいは専門家向けパナソニックシネガンマの研究開発である。それは日本の映画制作者への提案としてパナソニックカメラに加えられた機能である。その中には撮影監督、阪本善尚がいる。この事例及び他のいくつかの事実をもって日本の映画制作者は間接的にデジタルシネマの発展に影響を及ぼしたと言える。通常、芸術的業績と高度な技術が一つになって初めて長続きする卓越した成果が得られるのである。
問題提起
2年連続で作品賞、監督賞、撮影賞を含むアカデミー賞最有力候補と広くみなされた二つの映画がデジタル技術を使っている。(ニューヨーク州ニスカユナにあるシリコンイメージング社のSI-2Kデジタルシネマカメラによるスラムドッグ ミリオネアーそしてソニー高精度デジタル映画撮影カメラによるアヴァター) 世界の映画監督達はアヴァターのような映画の後では新しい 3D シネマは観客にとって時折のご馳走ではなく、無くてはならないものとなるのではないかと自問する。
他方、自主映画制作者はセミプロ用カムコーダと技術が発展を続ける専門機器と3Dデジタル技術に追いついてゆけるのか思案している。私の母国、マケドニアも例外ではなく、世界の至る所でデジタルシネマ開発に追いつくべく励んでいる。数年前バルカン最大のデジタル撮影所が完成した(デジタルメディアパーク)。同様の例はヨーロッパの多数の国々、中東の国々にもみられる (ドバイ)。
ソニーやパナソニックを生んだことを誇る日本はデジタルシネマ技術の先進国である。しかしながらこの先端技術達成を実現して見せるに十分な高度なデジタルコンテンツが今だ不足している。皮肉なことに日本には完全なデジタル作品が世界の映画舞台で成功を収めた例は一つもない。その代わりにこの世界でデジタルシネマにすぐれた国がアカデミー賞ではおくりびとのような古めかしい作品で外国語映画賞を受賞した。(おくりびと, 2008 ; 滝田洋二郎監督) この映画は映画制作技術では少なくとも今から10年は遅れている。恐らく日本ではデジタルは新しいものではないので、デジタル技術は日本の映画制作者にとってはやりがいのある大仕事ではないからなのではないか。むしろ昨今の日本映画界では過ぎ去った昔を賛美し、郷愁を呼び覚ます昭和当時の趣向で黄ばんだセピア色の映画を作っている。 (ALWAYS 三丁目の夕日, 2005) 但し前述のコンテンツが全く制作されていないという事ではない。反対に日本では2010/2011にもっと多くのデジタル映画制作がされると思われる。
研究手法
私の研究手法は主としてインターネットによる研究を含む(デジタル技術情報はウェブ空間でニュースとなる) と同時に自分の制作小品 波の時間(2009)の様な実際の作品及び Naked Emotions (2010,ポストプロダクション)である。さらに私の研究はこれらの主題が議論されるワークショップやセミナー参加と共に、数々の映写会(2D, 3D) 訪問を含んでいる。
第一部
-自主映画制作者の為のデジタルシネマ-
1960年代の日本で、NHK 放送技術研究所(NHK STRL)のHDTV研究として始まったデジタル映像技術制作はその後発展し映画制作に使われるようになった。それが我々の映画作品、ポストプロダクション、配給を見る目を永久に変えた。しかも研究は絶えず前進し、21世紀の最も刺激的な技術革新となった。世界の映画産業はテレビと音楽が既に行ったデジタル移行に直面している。私は若い映画制作者、研究者としてデジタル技術が映画制作分野にもたらした新たな可能性と発展の虜となり、修士論文「デジタル話法-デジタル映画制作小史」でこの主題の探求を熱望した。ブルガリアの映画学校(ブルガリアのソフィア、クリスティヨ・サラホフ国立舞台映画芸術アカデミー)。現在は日本大学の研究者としてデジタル映画制作、最新デジタル技術
2Kと 4K 映画用機器、HD Pro 24p デジタルカメラシリーズ、デジタル編集とデジタルカラー調整の研究に重点を置いている。デジタル技術はかなり新しい領域であり、絶え間なく発展、前進しているので、実地経験を通じて身につけてゆくに勝るものはない。私自身の完全なデジタル制作の小品、『TiMe Of ThE WaVe 〜波の時間〜』 25分 には編集過程で得た知識、ならびに実際的な試みを駆使した。その作品は2009年 映文連アワード2009の部門優秀賞を受賞した。映文連主催のトークセッションに他の受賞者達と共に参加し、自主映画制作者にとってのデジタル映画制作の利点を議論した。
全員が同意したのがデジタル技術は映画制作を容易にし、省予算を可能にする。とりわけ多額な予算を割けない若い映画制作者にそのメリットは大きいという点である。
低予算向けデジタルカメラ
デジタルシネマ技術は日々前進を続け、コンピュータとデジタルカメラ育ちの若い映画制作者達はそれを大変な意気込みで歓迎している。パナソニック AG DVX 100 A/B (およそ 20-30万円)の様な低価格カメラ; 新型 AG DVX 200 と新しく極めて傑出したAG –HMC 150 (フルハイビジョン/ 40万円-50 万円で入手可能) 双方共24p と 24pa (プログレッシブ 改良型)で専門的撮影技術と知識を備えた映画制作者なら驚くべき結果を生み出せるので、35ミリフィルムで撮った映画でさえ見劣りするかもしれない。
ビデオガンマ選択時の収録イメージ シネガンマ選択時の収録イメージ
世界のあらゆる会社の中で日本の会社こそが自主映画制作者が頂点を極めるべく最高の革新的解決をもたらすであろう。パナソニックのフルハイビジョンカメラ新セミプロ用シリーズはかなり廉価で画質が良く、テレビ、ビデオ、映画制作の要請に応じて容易に設定が変えられる。A host of 先進的な映像処理機能、例えば映画風ガンマ曲線やダイナミックレンジ拡張(DRS)は撮影監督が 35ミリの映画風に仕立て易くする。
ポストプロダクション
デジタル取り込み技術は消費者好みで支持を受けた。–しかしファイナルカットスタジオとアドビプリミエールの様な専門的編集ツール(この他にもあるが紙面節約の為省略) は変わりつつある映画制作のデジタル環境に十分答えている。これらのソフトウェアは滑らかな非線形編集の土台のみならず色彩修正効果と可能領域を提供する。その新しいひとつひとつがハリウッドの大きな撮影所で使われているソフトウェアツールに近い。
私の様な若い映画制作者にとってのデジタルシネマ技術は重要な意味を持っている。この技術は廉価で持ち運びに軽く手入れが容易でポストプロダクションの操作に対応するばかりでなく、この技術は私の思考に反応を示す。私の世代はペンよりキーボードで書く方が容易で、手紙よりメールに返答するほうが早く、古く暗い暗室で編集するよりデジタルレザーで編集ソフトのショットを切る方に親近感がある。私の世代にとってはデジタルシネマがどんな速さでどこまで発展するのかと問い続けるとしてもそれはもはや問題にはならない。その上、この技術がより速やかに尚一層の進展を遂げるには未だ幾多の困難に直面すると確信している。世界中の会社は日夜、自社の製品、技術の迅速な質的、機能的向上に対する要求に答えるべく奮闘中である。他方、世界中の会社は世界規模で受け入れられるフォーマットと基準の折衷案の設定に骨折っている。競争の激化と共に、規格化は尚一層困難となりつつある。
第2部 -大予算映画作品の為のデジタルシネマ-
シネマを変えるデジタル革新
2年連続で作品賞、監督賞、撮影賞を含むアカデミー賞の最有力候補作は少なくとも何らかのデジタル映画制作技術を使って撮影された。この出来事は単なる偶然ではなく、映画が向かう未来の行き先を示すものである。しかしながら、最大の革新(再革新)のひとつが3D 立体映画制作技術である。それはアヴァターの様な映画と共に、つまり、それ無しでは観客を満足させることが出来ないという、これからの映画体験の基準をつくるかもしれない。恐らく最終的には3D 技術がフォーマット戦争(2K 対4K)を解決するだろう。あるいは多分4K 自身が形を変えることで3D イメージの要求に答えるであろう。
2K 対4K とデジタル戦争
映画に導入された2K イメージは左右2048 ピクセル、上下1080 ピクセルを持つ。4Kでは数値は倍になり左右4096 ピクセル、上下2160 ピクセルである。デジタルシネマの画像データはJPEG2000 アルゴリズムを用いて圧縮され、それは2K イメージが4K イメージに収まる性質を持っている。この性質が4K で配給すれば 4K あるいは2K のサーバーとプロジェクター上映を可能にする。3D イメージは解像度に自然の限界がある。3D イメージは48フィルムスピードでのみ送られるがそれは自動的に4Kを排除するので、今では3D の内容は常に2K プロジェクターで 映写される。
2009 年現在デジタル作品の最も一般的な手法は35ミリフィルムを2K (2048×1080)あるいは4K (4096×2160)解像度のデジタル編集でスキャンし加工処理することである。今日までほとんどのデジタル作品は1920x1080 HD 解像度で、ソニーシネアルタ、パナビジョンジェネシスあるいはトムソンバイパーといったカメラを使って撮影された。アリフレックス(the Arriflex )D-20の様な新しいカメラは2K 解像度のイメージを取り込める。そして レッド・デジタル・シネマカメラ・カンパニー(the Red Digital Cinema Camera Company)の レッドワン(Red One)は4K redcode *RAW. デジタルシネマに於いては2K 映像の市場占有率は98%を超える。一方 4K デジタル進行は可能であり、かつ有益であり、市場からの脱退はないだろう。新しい研究によれば4K は3D イメージを最高品質で再生するべく再調整を行うであろう。現在開発中のカメラには4K RAW の記録が可能なダルサ・コーポレイションのオリジン(Dalsa Corporation's Origin)や 5K *RAW の記録が出来るレッドエピック(RED EPIC)また、 3K *RAW (予算の少ない映画制作者向けに) レッドスカーレット(RED SCARLET)がある。
懐疑論者達は3D の他に「次の呼び物」となるに十分時期の熟した 4-D 技術があることを見落としてはいけない。それは決して非現実的解答ではなく、現在、イメージの迫真性、強さ、より大きな可能性と創造的制御装置に対する業界の要求を満たすものとして急速に発展、向上しながら存在している。4K 記録技術はより高度な解像度を提供するのみならずイメージの対比、動的領域、最終的にはイメージそのものの審美性を高める。現在わずかな4K のコンテンツしかないが、4K カメラで撮影される内容や4K解像度によるテレビ映画は増えている。
3D シネマ
およそ60 年間3D はもてはやされ、評判となった末、忘却の彼方へと後退している様に思われる。最新の盛り上がりは「チキン・リトル」封切りで2005年に始まり、2008年の「ハンナ・モンタナ ザ・コンサート3D」映画の成功の後アヴァターで評判は伸び続けている。その映画は8つのソニーHDC-F950 カメラの利点を基本内容取得に活かし、他方HDC-1500 カメラが実況録画のスピード撮影に対応し、また、F23 カメラは特写に用いられた。3D 装備責任者の目標は3D ステレオスコープの取り込みにも適応する撮影装置開発であるが、同時にそれは創造的演出に不利に影響してセットの妨げになることのないものでなければならない。したがってその速度は2D 及び3Dで撮影する装備デザインの必要がある。フォーマットのこの種の順応性が3D イメージ制作の励みとなるだろう。それは古いデジタル2D プロジェクターにも新しい3D プロジェクターにも対応可能なものである。世界は天然色写真以来の映画史で最も活気に満ちた10年を迎えている。
今や、ジェイムズ・キャメロンの3D 科学フィクション大作はアメリカの週末動員観客数でこれまでにない数字を示し、家電メーカーは3D 対応のホームシアター装置を売り出し、ブルーレイ・ディスク・アソシエイションは遂に3D 仕様に落ち着き、ディスカバリーチャンネル、ソニー、IMAX は3D テレビネットワーク専用に着手した。NHK テレビはこの技術をずっと前から開発しており、昨年NHK 放送技術研究所でその研究を一般公開した。「完全3D テレビ」は昆虫の眼球の様なイメージを記録し映し出しもするレンズ装置を使用している。この3D の連鎖的波及はうねりとなり間違いなく長い間娯楽産業界を変えるだろうと言っても過言ではない。
第3部
結論
4K の風潮はデジタルシネマ技術が手軽に販売される方向に向かうであろう。4K 装置への新たな需要は必然的に装備市場を変え、メディアのグループが映画プロジェクターの基準設置に動く。それはここ数年間で3D の上映は通常の2D上映の2-3倍の動員観客数があることをはっきり立証した。インターネットとの激しい競り合いで、オンデマンド方式の映画、HD テレビやDVD がはやり、映画劇場は観客復帰の希望を3D 上映に賭けている。この財政指標自身が近い将来の3D技術の目を見張る迅速な開発を物語っている。したがって私の来年の研究は3D(及び4D)デジタル技術と日本で制作されたデジタルシネマの内容に焦点を絞る。
技術大国日本の大企業はこの戦いを最後まで堂々と戦いぬかねばならないだろう。この規格とフォーマットのデジタル戦争はここ10年来のものであり、恐らく次の10年で映画劇場と映画制作がどんなものとなるかが確定的となるであろう。私は技術の進歩と成長に期待するのみならず、日本の映画制作者達がこの技術を最大限駆使し、ヒット作品を生み出すよう願っている。それは黒澤や小津と同世代の映画監督達がかつてその独創性と映画表現でもって世界を虜にしたあの往年の日本映画の誉れを蘇らせるであろう。